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2009年1月

ミニミニビジネスマナー講習

本日の大阪国際滝井高校の授業は、ミニミニビシネスマナー講習。
生徒諸君の私の授業に対する感想は、「今まで受けてきたことがない内容」と「難しいけど、楽しい」の二つに集約されるようだ。
そこで、卒業を目前に控えた彼女たちに対してミニミニビジネスマナー講習を行った。

よく考えてみると、他の高校では何度もやってきているのに、この学校では一度もやったことがない。せっかく私が担当しているのだからということで、本日は名刺の扱い方と、電話の応答の仕方についてやってみる。

私は、従来からこの授業に限っては教科書を使わない。またノートをとるようにも指示していない。そもそも限られた時間の中で原稿を書いていくわけだから、のんびりとノートをとっているヒマなどないし、だいいち私はほとんど板書しないときている。
今日はロールプレイングを中心に行ったが、生徒の中には合間を見てこまめにノートをとる者がかなりいた。実際の仕事の場面では、こういう技術が要求される。
自分にとって必要なことを取捨選択する力、これもまた重要である。

帰宅時、たまたまそのクラスの生徒たちと駅まで同じ道を歩いた。
話題は、今日の授業に関する質問。ちょっとした路上補習といった格好になった。
そして、
「今日の授業、とても勉強になりました」
「私、就職したらまず名刺入れを買います」
彼女たちはそう言いながら、反対側のホームへと向かっていった。

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声の卒業文集

本日の大阪国際滝井高校の授業は「声の卒業文集」の完成。
以前からサイコロトーク等でスピーチ訓練を積んできたが、今回その集大成としてCD録音をした。

ふつう卒業文集は冊子として作成されるが、これは発想を変えて、各自スピーチ原稿を作成して、クラス全員の前で発表。それと同時にそれをデジタル録音するというもの。物々しくマイクも用意した。こいうことは演出が肝心で、これによっていい意味での緊張感が出てくる。
泣きながら友達や家族へ感謝の気持ちを述べる者、将来の自分に向けてのエールを送る者、辛かった経験を乗り越えたことを話す者、いきなり歌いだす者……実にさまざまであった。昨年末から数回に分けて録音してきたものを1枚のCDに収めて、本日生徒一人一人に配布した。

みんなの前で、顔をしっかり上げて自分の気持ちを述べることのすばらしさ。その美しさ。私は、この経験をいつまでも忘れないでほしいと願っている。

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Vis-a-vis「こども作文教室」 低学年コース1月講座

1月18日 10:00~12:00 定例講習

作文ダッシュの1本目は「お正月」で、2本目は「びっくりしたこと」。
1本目は20分で書いて、そのあとにじっくりと相互批評を行い、2本目は10分で書きます。このコースでは、小学校1年生でも、10分で原稿用紙2枚を書きあげる力を持っています。相互批評のコメントにも、他の人の作品に対する優しい目が感じられました。

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Vis-a-vis「人間力パワーアップ育成教室」

Vis-a-vis「人間力パワーアップ育成教室」    

1月18日 14:00~16:00 定例講習

マナー部分を担当。

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Vis-a-vis「こども作文教室」 中・高学年コース1月講座

1月17日 16:00~18:00 定例講習

作文ダッシュ1本目は、「年賀状」。
40字作文は「今年のぼく(わたし)」と、「(  )の(  )共通点」。
作文ダッシュ2本目は、「ニュース」。
「(  )の(  )共通点」は、ピクチャーカードを使い、引き当てた2枚の物の共通点を40字作文にまとめるもの。観察力と物事の捉え方の柔軟性が鍛えられます。
「ニュース」では、阪神淡路大震災のことに触れる作文もあり、彼らが生まれる前のことでありながら、意識の高さをみることができました。

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奈良県立奈良情報商業高等学校 「ビジネスマナー講習会①」(1年生対象、講話と実習)

1月15日 10:55~14:15 受講者 約120名

「企業活動におけるコミュニケーションについて」というテーマのもとに、以下の内容で講習をしてきました。
①指示の受け方
②あいさつ実習
③朝礼実習
④名刺の扱い方
上記はもちろんビジネスマナーですが、「普段の高校生活にもいかせる」という切り口で、実習を進めました。
合計5クラスのうち、本日は3クラスを担当。1クラス50分ずつの授業でしたが、皆さん真剣に受講してくれました。また、あいさつの声も大きく、動きにもメリハリがあり、とてもさわやかな印象を持ちました。Img_0814

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奈良市立平城中学校 「面接の受け方」(3年生対象、講話と実習)

1月14日 13:45~14:50 受講者 約140名

進学希望者対象に、入試面接対策講座と模擬面接をいたしました。
中学校の先生方のお話によると、奈良県では高校入試の方法が多様化してきており、公立高校でも面接試験を課するところが多数を占めているとのことです。
生徒の皆さんも、入試目前。真剣にメモをとりながら受講してくれました。Img_0806 Img_0808

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「充実!! 野菜性格」と「恋人の名前は、恋愛感情を『結晶』させる…か?」

本日の大阪国際滝井高校の授業、1単位授業クラスでは「充実!! 野菜性格」
2単位授業クラスでは、上記に加えて「恋人の名前は、恋愛感情を『結晶』させる…か?」

「充実!! 野菜性格」は、「ここに、ジャガイモとトマトがある。もし野菜に性格があるとしたら、どちらがまじめだと思うか」ということをヒントにして、作文を書き始めた。
これは、以前子ども作文教室で実施した「野菜の性格」というプログラムの高校生版といったところ。想像力と詩的なセンスが問われる。正月明け初めての授業なので、頭のほぐしも兼ねたのだが、「楽しかったけど、ひさしぶりに頭をつかった」という感想が多数を占めた。

「恋人の名前は、恋愛感情を『結晶』させる」は、授業で使用しているワークブックに収録されている佐々木健一氏の文章の一節である。その読解を通しながら、哲学を考察してみた。恋愛を素材にすると哲学的な文章もとたんに興味深いものとなる。「恋愛感情が高まるのは、恋人と会っている時か、離れている時か」「遠距離恋愛はなぜ続かないのか」など大いに脱線し、大いに盛り上がる。
ま、これもたまには、よいか。

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「えほん館」館長、花田睦子さん

仕事柄、いろいろな方とお会いする機会があります。
そのような中で、「もう一度お会いしたい」と感じる方は、もちろん数多くいらっしゃいます。
ですが、今すぐにでももう一度お会いしたい、いや、このことについてはぜひご意見をうかがいたいものだと、その後も強い思いに突き動かされるほどの方というのは、きわめて稀です。

先日お会いした「えほん館」館長でいらっしゃる花田睦子さんは、そんな思いを私にさせてくださる、素晴らしい方でした。
「絵本は、読んでもらうもの」
花田さんのこの言葉には、じつにいろいろな意味がこめられていました。
この言葉の意味を、京都の上桂にある「えほん館」で、たった一人でうかがうことのできた贅沢。

私は、今年4月から開校する鹿島学園高等学校奈良キャンパスの「絵本ライターコース」に関するご相談とお願いにうかがいました。言わば仕事です。
そう、まさに仕事なのですが、花田さんとのお話を通して、多くの気づきをいただきました。私の専門としている文章指導上の考え方はもちろん、「生き方」にまで多くの示唆に富むお言葉をちょうだいしたのです。表現にたずさわる者の一人として、とても大きなおみやげをいただいたような気がします。

さて、「絵本は、読んでもらうもの」の意味ですが、これは、実際に花田さんからうかがうべきでしょう。これは、私自身の大切なおみやげですからね。
どうしてもと、おっしゃる方は下記のサイトにアクセスしてみてください。ヒントがもらえるかもしれませんよ。

http://www.ehonkan-kyoto.com/

ただし、こちらの「えほん館」のサイトは現在作成中だそうですので、もうしばらくのご辛抱を。また「えほん館」を応援されている方が立ちあげていらっしゃるサイトもあるそうです。Yahooで「えほん館」と検索されると、よいでしょう。
何はともあれ応援サイトが存在するという、このことからしても花田さんのすばらしさがご理解いただけるのではないでしょうか。
私は、花田さんと次にお会いできる日を心待ちにしている一人になってしまいました。Img_0761 Img_0772

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決着はお白州で

料理の完成は、調理が終わったときに成立する。
これが、原則だ。満漢全席からインスタント・ラーメンにいたるまで、この鉄則は貫かれている。
ただし、例外もある。その稀有なとして鍋料理が挙げられよう。鍋料理は、調理とともに料理の摂取がとりおこなわれる。その意味で、料理界ではきわめて特異な位置を占めている。他の者を寄せつけぬ厳格な一面もあり、時として出没する「鍋奉行」なる存在が、それを如実に物語っている。
それなりの順序・作法というものが存在すると、人々は暗黙のうちに了解している。

この年末年始に、鍋を囲んだ老若男女はどれほどの数にのぼるであろうか。
先ほど記した「鍋奉行」は、しばしば揶揄の対象となるが、彼は調理すなわち食事の過程でその場を制御せんとする者であり、言わば事業拡大の際におけるリーダーシップをとろうとする存在であるから、その印象は陽性で、彼を非難する声にもどこか親愛の情が漂う。
発展途上では、皆が上を向いている。だからこそ、底抜けの明るさがある。

小生が許せぬのは、鍋が終盤を迎えるころに、
「もう、煮詰まったらアレだから、そろそろ火を消そうか」
という手合いである。
前述のように、鍋料理は調理と食事が同時進行しているのだ。たとえば鍋の中で小刻みにふるえる豆腐、湯気の中で見え隠れしている白菜、そして生命が宿っているかのごとく律動をくり返す肉や魚。
火を消すことで、それらの動きが止まってしまうのだ。何より、鍋の中からグツグツという音が消えてしまうのである。つまり、調理を終えることすなわち料理に終止符を打つということになる。
とたんに、鍋の中は残り物。それに箸をつけるのは「残飯整理」と化す。まことにつまらぬ。迷惑千万。よけいなおせっかいも甚だしい。

そもそも「アレ」とは、いったい何か。
魚のおどり食いにはじまり回転寿司にいたるまで、この日本では食材が動くことに料理の価値があるということは、紛れもない事実である。
鍋の中が煮詰まって、何がいけないのか。
ほう、省エネを口にするか。笑止。ならば最初から生で食えばよろしい。食材を生で食することは、日本料理のもう一つの美徳ではないか。

皿の美しさも料理のうち。盛りつけは食の粋。焼肉はむせるほどの煙やにおいがあってこそだ。
そんなこともわからぬ輩を、小生は「鍋下手人」と呼んでいる。経験上「鍋奉行」と「鍋下手人」は同一人物ではない。
下手人はたいてい器の小さい奴だ。そうに決まってる。

人様の食事を勝手に切り上げてしまう犯罪者には、百たたきの上、市中引き回し。さらに、回転寿司屋で止まっているレーンの寿司を食わせるというのは、どうか。
今度、鍋奉行に「恐れながら…」と願い出ようと思っている。

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