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映画「誰も守ってくれない」

映画「誰も守ってくれない」には、解決が示されていない。
解決の方向はほのかに示されてはいるものの、解決は提示しない。
そして、それがこの作品の命と言える。

社会派ドラマとして、あるいはロードムービーとして、それこそさまざまな点から観ることができようが、一つ言えることは不安定であるということだ。
登場人物すべてが精神的に不安定なのである。もちろん、ドラマとして観る者の共感を得る者とそうでない者の違いはあるが、要はその不安定さをどのような尺度でコントロールしているかということにすぎない。それを、手持ちカメラの不安定な画面で巧みに描く。

じつは、この作品の前評判は耳にしていたが、テーマの重さゆえ「観ることはあるまい」と、心のどこかで決めていた。ところが封切り前、テレビでこの作品と連動企画のドラマを放映していたのを見て、居ても立ってもいられなくなった。それほど力のこもったドラマであった。率直に言って、近年これほどまでに作り手の熱意を感じるものを観たことはなかった。

考えてみれば、人が生きていく中で、いくつの問題が解決できるのであろうか。むしろ、あらたな問題の発生に悩むことの方が多いのではないか。しかしまた、問題を解決しようとする過程においてこそ、人は生きることを実感するのではないか。

「誰も守ってくれない」は「誰も考えてくれない」、そして「考えるのは自分しかいない」と読みかえることができる。

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