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2009年12月

蕎麦と矛盾

昼飯にと入った店で、ざる蕎麦を手繰りながら、朝刊のコラムを思い出していた。
「年賀状書きは死者と向き合う作業でもある」という一文である。喪中の便りをさしての言葉だ。
僕にも今年、数通の喪中葉書が届いている。ただ、その中にはお世話になった先輩お二人についての悲しい知らせもあった。
それぞれ別の職場での付き合いであったが、お二人とも僕と10歳も離れていない。まさに兄のような存在だった。しかもともに僕の勝手で不義理をしてしまった。訃報が直後に届かなかったのは無理もない。

もう少しきちんとした報告ができるまではと、思っていたのが悔やまれる。
人の命などはかない。よく言われる言葉だ。しかし、そんな一言では納得できない。

作家の池波正太郎氏が「人の人生の中でたった一つはっきりしていることがある。それは確実に死に向かって生きているということだ」という意味のことをエッセイの中で述べていた。
正月をシニカルにとらえた文人も、古来より多くいる。

確かに死に向かいつつ長寿・息災を願って年越しに蕎麦を食するのも、矛盾と言えば矛盾である。

矛盾…、
僕は、蕎麦猪口に湯桶を傾けた。
…もとよりそれは承知の上である。矛盾を重ねることで人は、生きていけるのにちがいない。それが、人を動かす。

彼の先輩方は、やはり今も僕を支えてくれている気がする。

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