テーブルに戻ると、背後から声がした。
「よろしければ、先ほど撮っていらっしゃった画像を拝見できませんか」
まずかったかなと、私は後悔した。
購入したばかりのカメラの試し撮りを兼ねて、神戸にあるジャズクラブに立ち寄り、店内を撮っていたのである。ライブの合間に、しかもストロボは発光させていないから、問題あるまいと思っていたのだが、やはり店側からすると迷惑な客と思われたに違いない。
振り返ると、初老の紳士が立っていた。
「デジタル一眼ですよね、それ」
と、彼はさらに私のカメラに顔を近づける。彼の手にも小さなカメラがあった。
なるほど、同好の士だったか。
「ええ、結構ですよ」
私はほっとして、カメラの液晶部分を彼に向けた。紳士は顔をほころばせながら、
「恐れ入ります。いや、じつはあなたがおもしろい角度から写真を撮っておられたものですから」
私が返事をする前に、
「すみませんね、ぶしつけで。この人は、音楽よりカメラの方に興味があるんですよ」
新しい声の主が登場した。いつの間にか、彼の連れまでが近寄ってきたのだ。
二人は画面をのぞきながら、盛んに感心してくれる。仕事以外では初対面の人間とこのように会話をすることをしない私だが、こうも持ち上げてくれると、ちょっと気分がよい。
ただ、こういう時は決まって、カメラ談義に移っていくものだ。そこが困る。というのも私はカメラについて詳しくないからだ。露出やシャッタースピードなどと言われると、とたんに及び腰になってしまう。
話の中で、どうやら連れの男性がカメラの紳士を、今日のジャズライブに誘ったらしいことがわかった。ならば話題をジャズに変えたほうが、こっちも大人の話ができる。
「こちらへは、よく来られるんですか」
私が水を向けると、今度は連れの男性が身を乗り出してきた。よし、ジャズならありがたい。たちまち、カメラの紳士の存在を忘れてしまうほどに、話に没頭してしまった。
驚いたことに、相手の男性の家が私の家とは一駅離れただけのところにあることもわかった。
休憩時間が終わりかけたので、先方も話にくぎりをつけたくなったのだろう。
「ところで、いい写真を撮るポイントっていうのは、何ですかね」
やはり、この手の質問が一番苦手だ。しかも相手は手綱をゆるめない。
「やっぱり、いいレンズを使う。いや、シャッターチャンスですかね。それともピントをはずさない、とか…」
私があいまいな表情を向けているところへ、先ほどのカメラ紳士がもどってきた。
そして、自分のカメラの液晶画面を突き出した。
「どうですか、これ」
見れば、彼と先ほどのライブに出演していた女性ボーカルとが、一枚の写真に納まっているではないか。しかも、鮮明に撮れている。
彼の得意げな顔に対抗して、私は自分のカメラをわざと邪険に扱いながら、こう話題を引き戻すのが精一杯だった。
「…いや度胸、でしょうね」
三人の男は、ともに笑った。
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